「序 出光イズム」
出光は、人間尊重の道場である。
出光は事業会社でありますが、組織や規則等に制約されて、人が働かされているたぐいの大会社とは違っているのであります。出光は創業以来『人間尊重』を社是として、お互いが練磨して来た道場であります。諸君はこの人間尊重という一つの道場に入ったのであります。(昭和二十八年四月、新入社員の入社式での佐三の訓示。『我が六十年間』第一巻より)
出光佐さ三ぞうは、異色の実業家である。異色の経営者である。 その説くところは、いつも形而上的な観念論であって、金を儲けるための商売のコツといった、実利的な側面は全くない。 むろん、実務の訓練は、きびしかっただろう。けれどもそれが、そのまま『金儲け』の方法論につらなることはなかった。 佐三の存命中は常にその右腕であり続け、のちに出光興産の相談役になった石田正實が、いみじくもいっている。 「この人は、私とは四十年を超える長い付き合いであった。にもかかわらず、私にはただの一度も、『金を儲けよ』とはいわれなかった」
「石田は、昭和五十六年の三月七日に、佐三が満九十五歳の長寿の末に長逝した時に、その枕辺にいた身内の一人だが、亡き主人の横顔に涙しながら、しみじみとした述懐であった。」
「『金を儲けよ』とは、この上もなくナマで、率直で、具体そのものの表現だが、要するに、うまく立ち回れとか、うまく時勢に乗っていけとかいった種類の訓示なのであろう。それをこの人は、ただの一度もいわなかったというのである。 それでは、何をいったか? 「人を、愛せよ」といった。「人間を、尊重せよ」といった。『人』とは自分の社員でもあり、また、お得意さんでもあり、さらに広くは国民全体でもあった。また、「日本人として、誇りの持てる経営をせよ」といった。そしてくり返し「働け」といった。例えば、次のような言葉である。
愛が、人を育てる。
人を育てる根本は愛である。愛とは如何なる場合にも、自分を無私にして、相手の立場を考えるということである。 われわれ出光は、この愛を口先だけでなく、ひたすら不言実行してきたがために、今日の人を中心とした出光の形ができ上がった。 愛によって育った人は資本となり、奴隷解放の出光六十二年の歴史をつくった。(昭和四十八年九月の言葉。『出光オイル・ダイジェスト』四十八年十月号より)」
後記:
『海賊とよばれた男』に登場する惚れ惚れとする漢たちは全て実在しました。国岡鐡造は出光興産の創業者の出光佐三氏、弟の正明は2代目社長の計助氏、武知甲太郎は常務の手島治雄氏、東雲忠司は三代目社長の石田正實氏です。日田重太郎氏と新田辰男氏は本名です。他の人物も基本的には実名で登場です。
在『名叫海賊的男人』書中,国岡鐡造是出光佐三,國岡正明是第二代社長出光計助,武知甲太郎是常務-手島治雄、東雲忠司是第三代社長石田正實。日田重太郎是新田辰男氏。其他角色也使用真名出現。
石田正実
向学新聞出光佐三
LFH股東會從大鵬灣出發-小琉球-新時代的水下考古